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金の卵がやってきた

2008/09/28(日)

謡曲、仕舞、ときどき能、お稽古続けて今年でちょうど40年になる。
改めて数えてみて、我ながらちょっと驚いた。
止めようと思ったことがないから、性格的にあっているのだろう。

もちろん 年数の長さなど、まったく自慢のカケラにもならない。
内容のひどいのは、これは自己責任。よく分かっている。
しかしこの年になって、もっとしっかり分かってきたことがある。

好きなことを続けられるのは、お稽古して頂いている先生はじめ、周囲の皆さんのお陰。
これが第一。しかし感謝してオジギしただけでは事はすまなくなった。

日本中が不景気になった。努力もいり手間暇かかる伝統芸は、真っ先に若い人から敬遠だ。
特に田舎町で能舞台もなく、本物の能もなかなか見れない。京都から出稽古の先生は、若先生に世帯交代になったのに、地盤となるべきお弟子さんは年々高齢化の波。

以前は、能を見せるのも、教えるのも、広め伝承するのも玄人の仕事。素人は旦那、奥様方が教養として習うべきものだった。
たしかに演劇として、音楽として、古典文学として、また 能装束一つにしても650年の約束事がからむとなれば、気の遠くなるような知識と経験がいる。素人の手に負えるものではないのだ。

しかしこれが壁になって謡曲、仕舞、囃子など、能の一部分を楽しむだけにしても、言葉がわからない、洋楽とちがって難しそうだ。完成されたお能を見るのはいいが、習うのはどうにも敷居が高い。などと、敬遠され、今や地方の素人の会は絶滅寸前、風前の灯だ。

この頃は都会のお弟子さんも減少傾向だ。若手の能楽師の交通手段の早さとも相まって、地方進出、ボランティアのようなワークショップもおお流行りだ。頑張っていただいてありがたい。
しかし経費の点からも出稽古の先生だけに頼っていたのでは、手軽な稽古事として浸透するのには何年かかることか!

数年前、隣県の素人会が自然消滅。他人ごとではない。
はっきり分かる。座して新入会員を待っても首は絞まるだけ。遅すぎるが、興味のある人に、無料で手ほどきしようと。ボランティアだ。

今まで名誉師範(素人の師範免状)も頂き、30年?教えてきた。なるほど免状も大金がかかるが、なにより玄人の知識経験の違い、高い壁のような格差が分かってくると、教えるということに憶病になる。手軽な稽古事にならないのは、手軽に習える近所の先生がいないからだ。

名誉師範免状持っている人も非常に少なく、無い人が教えたからと言って、周りがキビシイという事はまったくない。素人の先生で育って、玄人の先生に流れるシステムができているからだ。そこから本格的にやってもらえばいい。
自分の勉強になると思って気軽に謡曲、仕舞教えてほしい。みんなウン十年の経験があるのだから。

少々脱線。こんなわけで新人の発掘と、楽しんでいればいいの??と座して動かないベテランの尻たたきとを兼ねて、月に1回ボランティア講座オープンとなった。

第1回 10人位、ただし皆顔見知り。10時?16時まで。復習、分析、意味理論付け?
2回目 ビラ配りが効を奏し、「見学してもいいですか??」 隣の市から一人。 きたー やったー 金の卵!!
とても熱心な方で、次の月から入門講座と、普通講座の2回にする。

半年経った。人数的には変わりがないが、「思いついたら やらざーなるまい!」 大見得切って自分にハッパかけている。
長年楽しんできた謡曲、仕舞、最終には能の良さ、面白さを、一人でも多く味わって頂きたいと思いながら。
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テーマ:日記 - ジャンル:心と身体

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