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久しぶりのお能

2007/03/09(金)

2月の末 5年ぶりに息子のリハビリも兼ねて、(というよりそれを口実に・・?)京都に能を見に出かける。

能二番立てのような例会は息子には、まだとても無理。
この度は京都在住の囃し方(笛、太鼓、大鼓、小鼓)主催の『同明会能』 を見る。

通常の、能のシテ方(主人公役)の流派とか一門で作られる能の会と違って、日頃陰で支えておられるお囃子の会で、つまり能から演劇性のある所を取り去り、
音楽(囃子)と踊り(舞)の面白い所を別仕立てにした舞囃子(まいばやし)
囃子の太鼓、大鼓、小鼓、の中の一つが謡(一人・独吟)に合わせて非常に高度のテクニックで打つ一調(いっちょう)
小鼓が謡に合わせて自分のパートだけ打つ独鼓(どっこ)。などが番組の中心となる。

今日の会は舞囃子・・6番、一調・・4番、独鼓・・一番、狂言一番、能一番、の番組である。

囃し方は同じ曲でも、流派によって、少しづつ違う手組み(打ち方)を全部覚えて、それぞれの会に打っておられるので、舞囃子の立ち方(舞手)は観世、宝生、喜多、金剛、金春、色々の流派から出てこられることになる。

囃子方は若手からベテランまでずらりだが、立ち方、謡方は皆一流のトップが立たれるわけで、緊迫感が凄い!!見る方はぶっつづけで、良い所取りの連続で休むまがない。
それに今年は文化庁重点支援事業と銘打ってあるからか、お能は喜多流の友枝昭世師で補助席、立ち見と、立錐の余地もない。

その中から感銘を受けた所を三つ。

大鼓(おおかわ)という楽器、大きな鼓と思えばいいが前後二枚の皮を二時間位焙じ、金属のように硬くし更に麻の綱で締め上げ、左膝上に左手で固定し、右手を振り上げ、右横から手首のスナッチを効かせて皮を打つ。カーンカーンという金属音がする。

谷口正喜師の代わりに大鼓で一調を打たれた、井林清一師。
あの打つ時の腕のタメと手首のスナッチは、誰も真似できない。
多分息使いからあのタメが出来るのだろうが、ここぞという一瞬の頂点でスパーーと音の入る間(ま)の心地よさ。そして透明感のある音のやわらかさ。しなやかさ。。。
当然掛け声も楽器の一種、表情ゆたかであきない面白さ。

舞囃子『砧』、片山九郎衛門師
いつも 息をつめて見、体中に滲み通るような一体感を味わうお能を見るが、帰らぬ夫への思いでワキに詰め寄り、
『思い知らずや』と扇を打ち、『恨めしや』と正に直してうずくまる。
その時もちろん素面の師の顔なのに、あ、『痩せ女』だ! と。
師の顔が『痩せ女』に似ていたのではなく、能面の『痩せ女』がそこにいたのです!。
能面から生きてるような表情を見る事はあっても、素顔の表情から能面を感じたのは初めて。
信じられない初体験にしばらくはボーッとして・・。

能『竹生島・女体』(ちくぶしま・にょたい)友枝昭世師
テレビで見る事はあっても実際に見るのは初めて。
橋掛かりをすべる様に出て、シテ柱で正面に向いた尉(じょう)を見たとたん、違う、まるで違う!!と。
姿の美しさ、筋肉の強さというか、しなやかさというか・・!!
謡っても歩かれてもまったく体が動かない。
後場は「女体(弁天)」・・作り物からゆっくり幕が引かれ、天冠(てんかん)をかむり白い摺箔(すりはく)の上半身が見えた・・その美しさ、もううっとり・・
弁天の冠の瓔珞(ようらく・右左の横から垂れているピラピラ)が、歩いているのに風でゆらぐようにしか動かない。
しかし美しい弁天様は神様、しっかりと強い足拍子を踏んで天女舞。
強いが音は荒々しくなく、どこまでも気高く美しい女の神様。
男物のように腿を上げ強く踏みながら、どうしてあんな音になるんだ??

装束の下は大口ではなかったような? 長絹ではなかったので舞衣だったか知らん? どなたか教えてくださ??い。

大満足の観能でした。
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テーマ:日常 - ジャンル:心と身体

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