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命令形が出てきた

2007/01/22(月)

平成19年1月19日

朝食の納豆を開き
「ネギがない 取ってきて!」 と息子。
隣で食事している私に言う。命令形だ! びっくり!

タイマーかけながらお風呂の水を入れている。ジャーーン 鳴っている。
「(風呂の水)止めてー!」
テレビを見ていた息子が命令している。 オォッ おっしゃいますね??!

今までどこにあるか分からなかったり、どうしていいか分らなかったりした時に、頼む意味で・・なになにをして?ということはあったが、ある場所も分かっていて、ただ自分が立つよりも人にさせたいという命令形は、今までになかった。自分がしたい事が先で、人に命令するわけだ。

出来ることを自分でするという行為よりも、人を使ってそれをさせる。もうひとつ知恵を働かせる行為が出来るようになったのかとも思う。前進には違いないが、せめて たのむーと言葉をそえる心遣いを教えなければ・・・。

この人間らしい感情が人との争いになり、支配欲になり、飛躍したもの言いをすれば、戦争になるわけだ。そしてこの欲望を抑えて人間らしく平和に暮らすという感情はもっともっと凄い高度な人間の仕業なのだ。

息子を見ていると小さな子供が、一つ一つ人間らしい感情を持ってくる過程が分かるような気がする。

まだまだ 先は遠い。
やっとここまで来て、どうぞ良い方向に進みますように。
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ありがたいお節介

2007/01/16(火)

平成19年1月14日

衣類を整理するための、小さな箪笥を買いに行く。
もちろん組み立て家具でいいからと、ホームセンターにでかける。

色 大きさと、まあこれでいいーかー・・・と。
あいにく組み立てた見本だけの限定品で、割引してますよー・・・と。
,,,,,,,10260円

店員さん、すぐ台車を持ってきて乗せようとする。「ガキッ」
「アレッ 脚の裏側がすこし割れたみたい!」
手伝った私が声をあげるが、店員さん見ながら無言。
見えないところだし、割引してるし、仕方ないか?? でも、もっとマケテーといおうかな?、もしかしたらレジで引いてくれるかな??・・・などと。
痩せて、ふらふら台車を押している店員さんの背中をみながら、広い店内をレジに向かいながら、心の中でブツブツ呟いている私。

どのレジも5,6人並んでいて、店員さん、私と、列に並ぶ。
その時、2メートルは離れている、隣のレジに並んでいた初老の奥さん、ちょっと列を離れてきて箪笥を指差し、
「ここんとこ 壊れてますよ」と店員さんに。 
即座に店員さん、「千円引かしてもらいます!」と奥さんにいう。 
ちょっとムッとした感じ。
「いっ いえ 私の品物ではないんで・・・」と奥さん慌て気味。

「ありがとうございます。お陰さまで安くなりました。助かりました?」と2回3回と頭を下げる。奥さんやっとニッコリ,,,,,,,ヨカッターヽ(´c_,`●)ノ

「いらぬお節介するんじゃなかった。気分ワルー もう2度と言うまい!」
・・・なんて思わないで! これからもお節介ドンドンお願いします。 (*_ _)ペコリ

それにしても最初店員さんにマケテーと、話をしとけばよかったかな?
店員さんも私に言ってくれたらいいのに、疲れていたのかな??・・・

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映画 『武士の一分』

2007/01/14(日)

平成19年1月12日

せっかくの休みだからと、映画『武士の一分』を見に行く。
藤沢周平原作 山田洋次監督 木村拓哉主演。

毒見役の下級武士が貝の毒にあてられ、にわか盲人になる。
妻はなんとかお役ご免にならないよう、上役に頼み込むが、つけこまれて、てごめにされてしまう。主人公は妻に浮気をされたと離縁するが、真実が分かり妻のために、武士の一分が立たぬと決闘を決意する。
剣の名手に見えない眼で立ち向かって行く。
木村拓哉は子供の時から剣道をしているそうで、その殺陣の凄さにびっくり。面白い。引き込まれる。
決闘は相手の左手を切り落とし、勝つ。
やがて 雇った飯炊き女のご飯で、妻と見破り、
「よう帰ってきた」・・・とめでたしの最後。。。終局はホロリとつい涙する。

藤沢小説、中一弥挿絵を思い出させる、いい男。いい女。
いつも温かい眼差しの山田作品。木村拓哉のつぶやくセリフが時代劇にどうなるかと思ったが、現代劇の寅さんの滑舌が時代劇の快さを思わせるように、俳優の個性をそのまま生かし、さらにその上の次元の映画を作り上げるという山田感性。見ごたえのある映画だった。
あっ その上に富田勲の音楽、ご馳走てんこもりだ??。

息子はこの映画のように、筋立てがやさしく、場面場面の展開が面白ければついていけるようだ。
終わりで涙し、「面白かった?感動した?」 と。
「涙が出た?」と聞く。
「いや 涙は出てない、出てない!」 眼をぬぐいながら否定する。

人間とは思えない無表情だった息子が、
これだけ感情を持つことが出来たのかと、やっとここまで来たのかと、
私ひとりちょっと感激 ヽ(☆´∀`☆)ノウレシイー

『武士の一分』・・・武士の面目?誇り?メンツ?プライド?→カタカナにしても同じことだ?。
どうもこの頃、『一分』を通して周囲と軋轢を生むよりも、妥協して事なかれ、いや、単に楽な方へと身を流しているに過ぎないような。
この言葉、この映画に、ある種のノスタルジアを感じたのは私だけだろうか?

心の中でこの言葉を『死語』としないよう、気を引き締めていこう。

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無気力症

2007/01/10(水)

平成19年1月10日

お正月休みから連休と、なんとなくダラダラと過ごしてしまった。
少々風邪気味なのと、風邪声は音声入力、全く役立たずで・・(→弁解もいいとこ)

息子は今日、今年初めて1日勤めの作業所に行く。
考えてみると去年1年皆様のお陰で、本当にアレコレ出来るようになった。
朝6時半起床。朝食を作り身の回りの持ち物を整え、バスで作業所へ行く。
ひとり行くのが全く心配がなくなった。

正月休み連休と、朝早く1人で散歩に出かける。たまに私が一緒に付いていくと、ドーナツ屋の前で、
「おごるから食べていこうか」などという。

去年いつのころからか会話がはっきりしてくると、積極的に自分の意志が出るようになった。
出来ることは自分でやり、分からなくても何かと手伝ってくれるようになった。
もはや無気力症とはいえない。

考えてみるとぼーとした状態の時 、意欲さえ出れば何とか意識が出るのにと思ったものだった。
しかし意欲とか積極性とかは、少しでも自分に自信ができ、周りのことが分かってきて出てくるもの。
意識して手足が動き、口が動き少しづつ情感が働くようになって、やっと総合して意欲が動き出すように思う。

元気な私達にしても、外国で言葉も分からず、周りも分からなければ、一歩も歩けないないだろう。意欲は、時間をかけ少しずつ積み上げたものが形になって出てくるようだ。焦る事はなかったと思う。

息子の体が動きだし、少しでも手伝ってやろうと意欲を持って動いてくると、無気力症は私の方に移ってきた。
私の方からすれば少し気持ちに余裕ができ、なんとなく張り詰めた緊張が切れ、怠け癖がついてしまった。
山ほどすることがあるのに。年寄りに安心は禁物だ。
油断すると病気の芽がでそうだ。
今度は息子の世話にならないよう、こちらが頑張らなければ。

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元旦 対話

2007/01/02(火)

平成19年元旦

あけましておめでとうございます。
どうぞ今年もよろしくお願いいたします。

当然のことだが今朝はテレビも新聞も、この言葉、この挨拶で溢れ返っている。
しかし今、昔のように近所隣で年賀に行く習慣もなく、前の通路を歩く人もいない。おめでとうの声もない。通るのは車だけ。

雑煮を食べ初詣でといきたいが、渋滞道路に辟易してわが家の初詣は、主人の眠るお墓だ。
「幽霊でもいいから出てきて!」とご主人思いの知人はいうが、私は
「そちらでどうぞ今年も見守って。私はもう少しこちらでねばりますから」なんて・・・

町外れの小さな神社に縁があって毎年参る。こじんまりとした、雰囲気のあるいい神社だ。
勿論めいめいが赤の他人となれば、あいさつすることもなく、柏手の音だけ。静かでいい感じなのに、なぜかお琴の曲を流している?声のない静けさに耐えられないのか?
いつもお神酒を置いてあるのが、今年は『運転の方はご遠慮下さい』と注意書き。
ちょっと寂しい。

足りなかった年賀状を買いに本屋にいく。
にこやかに若い人「いらっしゃいませ」。おめでとうございますとはいわない。
「本日のお客様はあちらの1品をお持ち帰り下さい」
なるほど『男の人向け』『女の人向け』とサインペンで書いてあるだけ。
同じ事なら『年賀』の熨斗(のし)をかけたらいいのに・・・・
品選びの最中、ポロッと1品落ちる。隣でやはり見ていた奥さん
「あっ すみません 私が当たったのでしょうか、ごめんなさい」
「いいえ とんでもない 私かも すみません」
やっと人間同士の会話、ほっと温かくなり快い。

散歩がてら近くの公園にでかける。広場で凧揚げしている親子。何時もと変わらぬジョギングの人達。息子と
「のどかわいたねぇ 自販機で買おうか?」 チャリーン! 

「明けましておめでとうございます。毎度ありがとうございます。今年もよろしくお願いします」
なんと自販機が言ったのだ! 驚いた!
人間の仕事を、だんだんロボットが肩代わりしてるが、いよいよ元旦の挨拶もロボットの分野になったのか?
そういえば本屋のにこやかなおねえさんが、ロボットに見えなくもないような・・・

4日から又忙しく、用件のみの対話となり、それが当然の感覚となり、人間だんだん疲れてくるのか知らん?

2日朝、息子と散歩。近所の年配のご夫婦、犬と散歩。
「おめでとうございます。晴れていいお正月ですね。今年もよろしくお願いしますねぇ」

やっとお正月の声。。。。。。。

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