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退院 新しき年

2006/08/28(月)

闘病日記 (18)

平成16年1月1日(術後1年3ヶ月)
暮れから娘(姉)夫婦が帰省しカラオケなど、賑やか。
息子、少しの間に、ノリがよくなり、細部のコブシに情感が入るようになった。

漢字ドリル、
「5年生は終わり? 今年から6年にしよう」と 私。
「やっとレベルが合って来たな??」と 舌出して笑っている。
複雑な感情が言えるようになった。

計算ドリル
4、5日やらないと、加算は良いが、引き算は混乱してくる。
とにかく何事も、少しずつ毎日が大事だ。

1月12日
プールに行ったり、庭の片づけしたりで、夕食時脚がつり鼻血を出す。
硬い体が必死に抵抗している。

1月21日
退院して3ヶ月。そろそろ作業所をと、支援センターの方にお願いしていたが、今日はその作業所の見学に連れて行っていただく。
(高次脳の人が多くて、息子の条件に合いそうな所は満杯。)

そこは精神障害の方ばかりで、工場内に作業所があり、仕事も工場製品の補助的な作業のようで、
「大丈夫 出来ますよ」と 職員の方。
体験入所?と言った所で座ってやってみる。ゆっくりで出来そうだ。

週に2日 9時?昼食?13時半まで。交通の便は悪く、私の車で往復。
勿論職員の方にはこちらの事情は話してあるが、入所の方には、高次脳の記憶障害は分かりにくく、何回言っても分からんのかーと、多少の軋轢はあったものの、すぐ打ち解けて機嫌よく、通所を一度も嫌がることなく現在に至っている。
年末の一泊忘年会、遠足、時々のカラオケ、ボーリング、食事会と、いつも楽しいイベントがてんこ盛り。私も誘っていただいて即 OK!

1月25日
作業所行きが決まって翌朝、
「今日は何するんだったかな??」と。
いつも予定表見るように、言わなければ分からなかったのに、今朝は思い出そうと考えている。
私が留守にして帰宅したところ、自分でカラオケをテレビにセットし、ボタンを押し間違えたのか出ないと困っている。
積極的にしたい気持ちが出てきたようだ。

計算漢字練習も少し違ってきて、
「この頃頭がすっきりしてきた。頭がパチンとスイッチが入る。調子が悪い時は頭に霧がかかる。ガラスが曇っているようだ」 などという。

環境が変わると必ず刺激されるのか、少しずつでも前進が見えてくる。
いいかえればマンネリにならないよう、絶えずこちらも努力せねば・・・。

1月29日
久しぶりに二人で『ラストサムライ』 映画見に行く。
カメラ 戦場を駆け巡る速さ大迫力!。身じろぎもせず見ていた。
何もいわなかったが、何日も覚えており、今でもトムクルーズ、渡辺謙は覚えている。

私の日記には、トムクルーズ・・・剣道、殺陣の刀の扱い、腰のすわり、筋肉の鍛え方 凄い!!
渡辺謙・・・刀差して腰振って歩くな!! 前から渡辺謙のフアンだが、トムクルーズの方がはるかに日本人だったね?  などと書いている。  
  
  なつかしい?? また見たいね??
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退院 師走

2006/08/25(金)

闘病日記 (17)

平成15年12月1日(術後1年2ヶ月)
旅館通いも4週間たち、体もなれて来てあまり疲れなくなった。

少し口臭があり歯科受診。別に悪い所はなく、磨き方注意。
手首硬く力むので、磨き方が大雑把なようだ。歯石取ってもらう。

庭木の枝きり、芝生刈りなど 
「手伝って?」 といえば一生懸命やるが、
「疲れた?もう止める?」が いえない。分からないようだ。ボンヤリした顔色を見て
「さー 今日は終わり??」と。 外の仕事は疲れるようだ。

12月19日
散歩していても脚が強く、早く歩けるようになり、力仕事にも根気が出来てきた。
話にはキュウ出しはいるが、人に揉まれて少しずつ会話になってきた。
やはり 元の職場の人との付き合いは嬉しく、格別のようだ。
算数、漢字ドリルしていて、
「昨日より頭がすっきりしてる。今迄はボーッとしていた」 などという

12月26日
近くに市営プールがあり親子で初めて行ってみる。
勿論更衣室は男女別々。入ると100円入れてロッカーの鍵を開け、着替えをすましてシャワーを浴び、プールに入るようになっている。
終わるとまたシャワーを浴び、ロッカーを開けると100円が飛び出してくる。

幸い男の更衣室はだれもおらず、私も入ってロッカーの開け方、水着の着替え方、シャワーの使い方、予習したことの実習編。
プール以前のハードルは高い。

軽くストレッチ、プールに入って歩き出すが、つい泳ぎたいらしい。
ビート板持ってバタ足・・・左足はいいが、右は半分も動かずリズムが悪くて、進まないどころか、沈みだす。
平泳ぎはできると言うが、やはり右の屈伸が妙で、手の掻きで前進はするが、腰背筋を使って頭を上げて呼吸が出来ない。必死になって唇青くなるまで頭つけて泳いでいる。

今日はゆっくりしようと、仰向いてふんわり浮く。
力みが取れたところで、ゆっくり両手動かし前に進む。

後日、ロッカー、シャワーも心配なくなり、人と話し水の中で動き回るのが、凄くいい刺激になるのは実感したが、作業所に通うようになり時間的に難しく、半年で止める。
1年半後。今度は、男のヘルパーさんの付き添いでプール通いが出来るようになり、朝から
「今日はプールだ! プールの用意!用意!」と。 ♪(^○^)/♪

4ヶ月の今も大喜びで続いている。

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退院 旅館

2006/08/19(土)

闘病日記 (16)

平成15年11月9日(術後1年1ヶ月)
退院1ヶ月、すでに退職しているが、前の勤務先(○○旅館)より、リハビリ兼ねて朝の布団上げをしてはどうか と言ってもらう。
週に土、日、朝1時間半づつ、9時?10時半まで。

膝関節、足首、腰が硬く、正座はもとよりしゃがむ事も出来にくい。
この話は体にも、人との付き合いの上でも良いかもと、本人 大乗り気で行くことにする。

第1日目、お母さんも心配ならと言っていただき、一緒について歩く。
病前はフロント業務だったが、布団上げは管理部の仕事の一つ。

6人位のグループで2人1組になり、部屋の図面見ながら、片っ端から布団を片付けていく。
枕 布団のカバー、寝巻きは文字どうり剥ぎ取る早業、布団は何枚も一度に重ねて持ちながら、押入れにピタリとおさまる。まったく腕力体力のプロの仕事だ。
息子も私も見よう見まねで必死だが、布団は一枚ずつ入れても押入れからはみ出してしまう。コツがあるのだ。
滝のような大汗かいてワゴンにシーツを集め、EVで何度も1階の集荷場に運ぶ。そこで上掛け、下掛け、さらにベット用とかサイズによって区分けする。
これをクリーニングの業者が取りに来るわけだ。

大旅館で団体客のある土曜日の朝、この仕事が1時間半。

無意識に腰のバネ、膝の屈伸、足の踏ん張り、腕のがんばりの全身運動で、人について行くのが一生懸命、何も考えない必死の1時間半、なによりのリハビリになりそうだ。

お客がチェックアウトした9時から10時半、広い館内は従業員ばかり。すれ違う皆が、
「元気になってよかったね?」「頑張って??」 と。
見舞いに来ていただいた雰囲気で分かってはいたが、総務、フロント、客室係さん(前の仲居さん)に励まされ、従業員食堂の係りさんにまで
「お鍋運んでもらったり、お世話になったんですよ?」と いって頂く。
これだけ可愛がって頂いて、また病気のことを知ってもらっている職場ならばありがたい!。大安心。
本人も(病院で思い出せなくても)現場では当然のように思い出し、危なげがない。
大ニコニコで話している。
最後が社長の
「やってるな? 頑張れよ?」で 今日は終了。

明日は日曜日、送り迎えは私の車だが、一人で仕事することになる。
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退院 その後(2)

2006/08/13(日)

闘病日記 (15)

平成15年10月27日(術後満1年)
退院したので、高次脳機能障害家族会に入会を申し出て、今日会長さんの家庭訪問を受ける。
県下はもとより、県外の事情にも詳しく、高次脳機能障害の知識の普及もまだまだと聞く。障害も知らず、自宅に引きこもりの人もあるとか。
皆さん病歴は長く、7,8年、10年以上の人も何人も。
お話は心強く、これから2ヶ月に1回の家族会出席となる。

10月28日
息子枝切りに頑張り、頭の中が痛くはないが、チカチカすると言い、屋外の仕事はまだ無理のようだ。

10月30日
リハビリの後、近くの城山に登ってみる。頂上まで30分。
久しぶりの秋晴れの山は、気持ちよく、市街地を一望の下に見て、大喜びだが、コケの生えた石段、濡れ落ち葉の積もった下り坂など、要注意。
膝関節、足首が硬く、足の指で踏ん張ることはとても出来ない。
 ゆっくりゆっくり 慎重に歩く。

すれちがう誰とでも、コンニチハ?と大声で挨拶。
また皆さんが山の習慣のように、笑顔で挨拶を返してくださる。
なんでもない事が嬉しくひびく。

11月8日
食事の支度、料理の手順、道具の場所など、習慣でだいぶ憶えてきた。
計算など、分からん?とすぐ泣きべそかいていたのが、説明をしっかり聞いてその場では?納得できるようになった。
つい出来る事だと、こちらが油断していると、ヘマして失敗する。
「何時も見て 注意せんからダメなんだがー!」と 開き直っている。

息子は去年10月に倒れ、先月で満1年。病欠は社内規則で1年なので、一応退職となった。
が、勤務先の旅館の、社長、女将さんとも始終見舞いに来てくださり、退院したらリハビリがてら、土曜日曜の朝、ふとん上げしたらどうかと、言って下さる。

病前はフロント業務だったが、いろんな職種のある旅館のありがたさ、
「行く行く??!」と 大喜びで張り切っている。♪(^○^)♪

少し早い退院だったが、とにかく人の中に出さなければ・・・
作業所も考えなければ・・・  さあー これからが本番だ!!

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退院 その後 (1)

2006/08/09(水)

闘病日記 (14)

平成15年10月10日(術後満1年)
リハビリ病院退院。
半年前より週末は帰宅していたので、介添えすれば最低限、困ることはなかったが,しきりにテレビのチャンネルまわすか、ただボーッとしてるかの状態で、私がキュー出ししなければ、何も出来なかった。

思えば病院で一人で、服を着替え、靴を履き替えて、真っ直ぐ道を間違えないで家の近くまで帰ったとは、いいかえれば、自分の意志で段取りをふんで、自分で行動したとは、ほんとに今でも信じられない。
後から聞くと隣に失語症で、すこしきつい物言いされる方があり、何か言われたのが原因らしい。
とても良い方で随分励ましていただいた。

病院で他人に怒り声で注意されて、文字どうり頭に来て、必死で家に向かって歩いたということらしい。

しかし今になって考えると、病気とはいえ、時にはムチのエネルギーも有効だったんだなーと。
 (しようと思って、出来ることではないけれど・・・)
介護する身にとっては妙な言い方だが、脱走が出来たんだと、後々随分励みになった。

10月12日
親戚の法事に出席: お寺、精進落しで4時間、30人程の集まり。
始終にこにこして、酒好きなのにビールが出て、どうしようかと思ったが、
「まだ 我慢しようね」 「うん」と それっきり。
以来酒の席で困ることはなく、私も一緒にアルコール断ちとなった。

10月16日
リハビリ病院通院はじまり。
1週間に PT、OT、ST、2回ずつだったが途中から先生の都合で
     PT、OT、1時間ずつ、STは20分、1回になる。
1週間に2日の通院で、後は休み。病院の延長で散歩や勉強したりするが、力仕事の手伝いは、まだ体力がない。

10月23日
手術をした救急病院で、満1年の定期検査。
MRIで、脳の血管は安定して異常なし。健康検査も異常なし。
薬の血中濃度など測ってもらい、終了。

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リハビリ病院 脱走 退院

2006/08/04(金)

闘病日記 (13)

平成15年9月25日(術後11ヶ月半)
5月頃から、毎週末、外泊し自宅で過ごしていた。
病院へは、私の車の往復だったが、せいぜい3キロ弱の一本道。また以前の通勤路に当たっていたので、助手席に座らせていても、よく道が分かっているな?という感じだった。

夜9時過ぎ、病院より、何処にもいないと電話!!
慌てて探すと、家の手前、300メートルを歩いているのを発見、無事保護?
「家に帰りたくなった。迷わず帰れると思った。迷わなかった」 という。
後で隣の患者さんに聞くと、私が6時半に帰った後、7時ごろパジャマを服に着替え、じっとしていたが、9時前にいなくなった・・と。

私が 明日は金曜日だから、一緒に帰れるね?と言ったのを、勘違いして2時間待って自分から帰ってきたのかと思ってみたり・・・

「迎えに来ると思って 2時間待っていたの?」
「そうかもな??」
と言うばかりで はっきり分からない。
どちらにも最敬礼して、今夜は自宅に連れて帰る。

いずれにしても 自分で服を着替え、帽子をかぶり、靴を履き、玄関から一人で出たなんて事は初めてで、怒るというより
「あんたもいざとなりゃー やるじゃんけー!」(何語?
  ・・・肩の一つも叩いてやりたい位で・・・

しかし 帰りたいと思い、帰れる自信が出来れば、またいつ脱走するや知れず。(本人は何言われてもハイハイと、頷いてはいるが)
病院は監視が大変なわけで、度重なれば退院も覚悟しなければ・・・と

リハビリに通うだけの二人っきりの生活よりも、もう少し意識の出るまで、やはり大勢の人の刺激がある、病院生活をと思ったのだが・・・

10月7日
週末外泊したので、後10日ばかりは機嫌よく、無事にすごす。
今日はリハビリの変更があり、終了予定より早く行ったのだが、また変更で早めに終わったらしく、11時45分なのに、もう昼食食べてベットにいない。
探しても院内にいない!! \(◎o◎)/ヒェーッ

PTの先生が車で走ってくださり、やはり自宅に帰る途中だったと。
病院に帰りたくない、家に帰りたいという・・と。
連れて帰り、この夜は外泊。

時間の隙間がやはり、我慢が出来なかったようだ。

10月8日
先生、看護師さんと話
「どうも病院としても責任が持てないようで・・・」
「はい、帰ったほうが落ち着くと思いますので、私も安心ですので・・
 退院してリハビリに通います」 と。

10月9日
息子、合う人たちに神妙に、賑やかに退院の挨拶とお礼をいう。
通院医療になるため、障害者手帳申請のためのテストを受ける。
 (後日 障害者手帳は2級になり、通院医療費は5%になった
  平成18年4月からは、10%)

10月10日
去年の明日11日は、倒れてから満1年。
救急病院3ヶ月、リハビリ病院9ヶ月で入院生活ともお別れ。
息子、挨拶したり、花束もらったり、お菓子もらったり、少し晴れやかにうれしそう。
明日から外来患者でリハビリ通院だー。頑張っていこうー

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