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キーボード

2006/06/13(火)

こんにちは。ジンチョウゲの娘です。
母がついにネタ切れでピンチヒッター・・・ではありません。
弟に音楽キーボードを教えてその感想を母に言ったところ、「それをブログに書け?!」と脅されました。
居候の恩義もあるし、思いつくまま書いてみます。

キーボードを買ったのは、去年の秋。倒れてから、ちょうど満3年。
「リハビリにどうかな?」と母が言うので、電器屋であれこれ試弾。
結局、弾く鍵盤が赤く光り、誰でも知っている曲が多く入っており、操作性がいいものを選ぶ。2万円弱。

さっそく帰って弟に弾かせてみる。
ちなみに、音大出身で子供にピアノを教えたりアンサンブルをしていた私から見ると、弟はごく普通のレベル。
楽譜は少ししか読めない。ピアノも弾いたことがない。

記念すべき最初の曲は、黒人霊歌の「こげよマイケル」。
ちょっとノリが必要なので迷ったが、曲は知っていてうまく歌えるし、黒鍵もなく、音域も狭いので決定。

コンセント、電源を入れ、曲を指定する方法を教えるが、すぐ忘れるので、最後までの手順をメモに書いてボードに貼る。

最初は、デモ演奏を聴いて、イントロの入り方と大体の感じをつかませる(つかんでいたかは疑問)。
で、テンポを落とし、「正しい音を弾くまで伴奏が待ってくれるモード(以下「待ちモード」)」で弾かせてみる。

う??ん、イントロはうまく入れるが、そのあとは、ひたすら人差し指で赤い鍵盤を追うのみ。
伴奏はメロディーに合わせて伸び縮みするので、妙に速くなったり遅くなったり、まるで曲になっていない。

人差し指以外の指を握っているので「軽く卵を握るくらい」に開かせる。
「どの指使ってもいいよ?」と言うと、親指や中指を少しずつ使ってたどたどしく弾く。
薬指と小指は全然だが、これは普通なので、そこまでうるさく言うことはやめる。指使いも混乱するだけなので、口出ししない。

赤い鍵盤を押すのに慣れたところで、リズムを合わせてみる。
歌を歌いながらやったり、背中を「一、二、三、四」と軽くたたいたり、私も一緒に歌ったり。
そのうち、音は多少はずすものの、テンポからは外れずに弾けるようになったので、「伴奏は待ってくれないけど、超カッコイイ伴奏モード(以下仕上げモード)」を遅めの速度でやる。

たどたどしいが、結構できる。
弾いているときは必死の形相だが、終わると、弟も「かっちょい??」と言って楽しそうだ。
ついでに、「大きな古時計」にも挑戦したが、これは黒鍵が多く、音もかなり動くので、一度では無理。

次の日、電源の入れ方をすでに忘れている(ーー;)。
曲はどうかと思いきや、「こげよマイケル」は意外とすんなり。少し速めの「仕上げモード」でも弾けるようになった。
「古時計」もまあまあ形になっているが、やっぱり伴奏が待ってくれないと置いてきぼりにされてしまう。
その次の日に私は帰京。「練習しといてね?」と約束。

で、今回、半年振りの帰郷となったわけだが。

ある日、弟が自分からキーボードのカバーを外しているので、「あれ?」
コンセント、電源もスムーズ。曲を選ぶところで迷っているようなので、「何弾く?」と言うと「こげよマイケル」。
メモを示し、ボタンを押させて、テンポも変えず、「待ちモード」でやってみた。

お?! 余裕で弾けている。指も自然に広がり、時々薬指も使っている。
別人やんけ! と思い、一気に「仕上げモード」を、テンポを落とさずに設定のテンポ通りでやってみたら。

弾けている! 
音を外さないのはもちろんだが、何よりも、リズム感が圧倒的によくなっている!
「仕上げモード」は、金管楽器が入ったりして、かなり派手な伴奏。またこの曲は黒人霊歌なので、ゴスペルっぽい独特のゆれがある。
それをちゃんと耳で聴いて、それに乗って弾いているのだ。
弾いている時も余裕があり楽しそう。後奏になると、フンフンと一緒に鼻歌まで歌っている。

びっくりして、「うまくなったなぁ、練習した?」と聞くと「してないな」とのこと。
母も「キーボードはほんの時々、さわるくらいだった」と言う。
だとしたら、この大変化は何なのだ。

調子に乗って、「大きな古時計」。
「待ちモード」を数回やると、もう弾けてくる。
「仕上げモードにする?」と聞くと、「するする!」とノリノリである。
仕上げモードのイントロが鳴ると、
「お?、カッコイイねぇ?」と、弾く前からやる気まんまん。
普通なら、伴奏が待ってくれないので緊張すると思いきや、イントロが始まると「行くぞ??」って感じ。
弾いてみると、一発クリア。
「よっしゃぁ???! 最高!」

私の方が興奮してしまって、じゃあこれ、じゃあこれと、易しそうな曲を次々に弾かせてみる。
「おおスザンナ」「グリーンスリーブス」「聖者の行進」、曲を知っていれば、どれも数回弾くと学習するらしく、すぐに「仕上げモード」で弾けるようになる。

驚愕である。
弟の弾き方を見ていると、最初は赤く光る鍵盤にばかり目が行っているのだが、回を重ねるにつれ、すぐ学習し、あとはイントロの感じや伴奏を聴いて、耳で合わせて弾いている。
赤い鍵盤は時々見ている程度。
伴奏がカントリーならカントリー風に、ジャージーならジャズっぽく弾けるのだ。
家でのカラオケでも、全体にリズム感が良くなったような気がする。
弟の隠れていた才能が・・・とかいうわけでもなさそう。
あまりにも不思議なので、いろいろ考えてみた。

弟は、曲を弾く時、耳から伴奏が聴こえてきたら、自然にそれを受け入れ、それに乗ってメロディーを弾くことができる。
少々間違えても気にせず、伴奏に乗って弾いていく。
「もう一回やろうか」「うん、やるやる!」
何度でも飽きずに練習している。
病前の弟なら、すぐに投げ出してしまっていただろう。

弟は高次脳機能障害のため、人前だからうまく弾こうとか、間違えたらみっともないとか、そんな高度な感情はない。
良く言えば、素直、単純。
しかしこの特性こそが、楽器演奏にはなくてはならない要素なのだ。

楽器演奏というのは、たとえばキーボードの場合、目で楽譜や鍵盤を見る、耳で伴奏を聴く、タイミングを判断する、音質やバランスを考える、手で鍵盤を押すなど、瞬間的に非常に多くの神経を使う行為である。

音楽とは、結局は「ノリ」なのだ。
人によりジャンルにより、「呼吸」であり「間合い」であり「リズム感」である。
いくら長いこと音楽をやっていても(アマプロ問わず)、楽譜どおりきちんと弾いて、表面的にアンサンブルの音を合わせて、ハイできました、というようなものは音楽ではない。
彼らの演奏には、「ノリ」がない。だから面白くない。

弟が無意識にやっている、「耳で他の音を聴きながら、それに自分の音をバランスよく合わせていく」という作業を、もっと徹底して追求し、全体を構築していくのが音楽ではないのか?
ソロにしても、どのような速度・音色・強弱にするか、どのような構成で演奏するか、常に考え、自分の「ノリ」を創り出していかなければならない。

弟は何も知らず、ただ毎日をこなしていただけである(といっても、生活全般がリハビリと考える母の方針で、いろいろな変化や刺激を与えられている)。
その積み重ねで全身の状態がよくなり、キーボードが弾けるようになっていた、ということなのか?

それだけではない。
病気のために、見栄やハッタリがなくなり、自然体、本当の意味での「無心」の状態になったということではないか。
音楽を長くやっている私としては、うらやましい限りである。

今の課題曲は「マイ・ボニー」。楽譜は簡単なのだが、三拍子、ミディアムテンポ、音をのばすところがいくつか出てくるなど、リズムの変化が難しいようで、何回もボタンを押して練習している。

帰京するまでに、「仕上げモード」でカッコよく聴かせてほしい。
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