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ガス抜き

2006/05/19(金)

先頃 高次脳機能障害の集まりで、介護者のケアについての話が出た。
家族としては当事者の症状の軽重はさておき、一瞬の目も離せないのは皆同じである。

「ストレスで息が詰まりそうになる」
「介護しながらでも、趣味は何とか続けたほうがいい」
「そうだ! ガス抜き! ガス抜き!!」
息抜き? ストレスのガスを抜く? いいえて妙だ。

では例えば看護の余裕ができた時に、人に頼んで安心して遊びに行ったとしても、チラッ チラッ と顔を思い浮かべることはないだろうか?
心底ご褒美もらった子供のように、楽しむことが出来るだろうか?

その時は趣味に熱中できたとしても、以前のように 無意識に突き進むような、熱意を持ち続けることが出来るだろうか?
容量の小さい私の脳みそは、切りかえても切りかえても介護モードに戻ってしまう。
要するに、当然のことだが、本人抜きではストレス解消は考えられないという結論に行きつく。本人の喜ぶ顔、少しでも良くなったと感じる時が、一番のガス抜きの瞬間になるのだ、と思う。

とは言っても、体を休めたい、心を休めたいと思う。
逃げの言い訳になっても、ガス抜きしたいと思う。
脳は たてまえだけでは動かず、スルリとぬけて都合のいい本音の方にいってしまう。

「体がそう思っているのなら、遊ぶのが一番の薬だー!。ウツウツせずに皆でどこか行こうぜ??!」
「ブログで訳の分からんことをグズグズ書くのも、ガス抜きのつもりかー?」  

アチャー ゴメンナサーイ
最後まで おつきあい ありがとうございました。
                m(-_-)m (ー_ー)!! 
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テーマ:日常 - ジャンル:心と身体

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