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満4年 高次脳専門外来 定期健診

2006/11/09(木)

闘病日記より

平成18年10月30日

今日は平成14年10月に倒れてから満4年。高次脳専門外来を受診する。Dリハビリ病院に通院しだしてから、満2年になる。
先生・・「この頃どうですか?」
息子・・「まあぼちぼちです。こんなもんです」などと言っている。

先生、最近の生活の仕方、あるいは会話の速さ、リハビリの様子など聞いて、昨年よりもずいぶん良くなってますねぇ と言って頂く。

メールの返事にしても、発病2年後退院した頃は、
「はい 元気です」・・・だけ。 次は
「お久しぶりです お元気ですか?・・(書くことな?い!喚いてから)・・さようなら。」 だった。

今日は東京時代の友人からメールが来た。
「元気がなくてボーとしている」の便りに、

「あまり元気じゃない?そんなこといわないでよ!
私は元気だよ!
ルンルン!
枝きりしたり火焚きしたり忙しいのよ!
元気出していきましょう!」・・・なんて 友達言葉で返事が書けるようになった。
去年の定期健診時、息子が無気力で意欲がありませんとの、私の訴えに、
「意欲のないのは、言葉が出ないからかも知れませんね」と先生。
その時は言葉と意欲の関係が、はっきり分からなかった。
一年たった今、少しづつ考えるようになり、会話も多くなって、自分にできる事で、なにしようかと。
少しづつ自信が出来てきて、言葉に比例して意欲が出てきたのがわかる。

年月日は相変わらず分からないし、メモもなかなか書けない。
体調も波があり、負の面を数えればキリがないが、良くなって来てる方を考えると、1年前よりもずっと進む方向が見えてきた気がする。

「そろそろ仕事に向けて訓練したらどうですか?・・・」と先生。
嬉しくて飛び立つ思いだが、あまり有頂天にならずに、ダメもとで新しいことを始めるのもいいかなと・・・

あぁ?神様仏様(こんな時だけ思い出す すみません)
どうぞ 今日がよき記念日となりますように!! ヽ(^o^)丿m(__)m
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退院 高次脳専門外来受診

2006/09/23(土)

闘病日記 (23)

平成16年10月29日 (術後満2年 )
今日は救急病院脳外科の紹介状と、MRIのネガを借りて、高次脳専門外来を受診する。
担当の先生の問診・・・今までの経緯、これからの考えなど本人にも私にも、とても丁寧に詳しく時間をかけて聞かれる。
IQ検査・・・今日は1時間半。私も見学する。やはり記憶に関する問題は、1番難しい。本人のどこが弱いのかはっきり分かる。
また テストの合間の休憩に、生活面でのアドバイス、昨今のリハビリ事情などが聞けて、とても有意義な時間だった。
今まで、同席したことはなかったが絶対頼んで同席させてもらったほうがいい。

11月4日
先日の続きのIQ検査。今日も見学する。
その時 人と話をするのは、最もいいリハビリだという話から、ヘルパーさんも方法ではないかと情報をいただく。
早速帰りに福祉の方に寄り、ヘルパーさんの申し込みをする。

後日ヘルパーさんに、散歩とピンポンの相手をしていただき、さらに後日 水泳プールへの同伴もしていただくようになった。

11月19日   
今日はMRI撮影、全国に初めて3テスラ(3万ガウス)の磁力だそうだ。耳栓着用、精密度も違いますとのこと。

問診、IQ検査、MRI所見をふくめ、先生の説明がある。

今の状態では、リハビリにもっと時間をかけなければだめだと。
意欲のないのは、言葉が出にくいからかもしれないと。
だからリハビリすれば意欲も出るのではないかと。
まだまだ諦めるのは早く、頑張りはこれからだと言っていただく。

後日 リハビリに力を入れておられるH先生同伴で、リハビリ病院に行き、通院するようになり現在に至っている。

追記
このような検査の後でいつも思うことがある。
全般的に本人の生活面で反応が良くなるのだ。どうしてだろう?

先生との間に 普通の会話よりも、しっかりと向かい合って密接な関係ができ、ふだんの生活にはない緊張といい刺激の長い時間が、後でいい結果になるのだろう。
こんな反応見ると いかにしっかり本人に向き合うことが大切かという、分かりきったことを、肝に銘じた受診でした。

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退院 リハビリ

2006/09/15(金)

闘病日記 (22)

平成16年8月5日(術後1年10ヶ月)
今日は作業所の友達が、犬の散歩がてら遊びにきてくれる。
うれしそうにニコニコして話している。

16年9月
今までの数多い友達も、当然少しずつ疎遠になってきたが、心配して来てくれる友達や、電話やメール頂いて喜んでも、自分から返事しようという意欲にはつながらない。

訓練して、習慣として出来るようになった事は(台所仕事、洗濯物)、黙っていても自分から出来るが、好奇心から意欲を持って事に向かうと言う人間的な作業は、出来ない。とても難しい。

だから きまった形式の知能テストが良くても、まったく1人では生活出来ない。
いろいろなテストがあるにしても、総合的に考えるにしても、その指数では高次脳障害は表せない・・・と思う。問診が重要になってくる訳だ

ここにくると当然、ではマニュアルには当てはまらない、高次脳のリハビリはどうしたら? の問題になってくる。

リハビリテーション(社会復帰、更生指導)には3種類の療法がある。

PT(理学療法)・・身体の障害者に対して、運動、マッサージ等々で回復させようとするもの。
OT(作業療法)・・精神と身体の障害者に対して、手芸、リクリェーション、前職業的また自立のための作業等々で、回復をはかろうというもの。
ST(言語療法)・・言語の障害者に対して、それを見極めるための検査、診断を行い、一定の治療方針に従って、回復させようと言うもの。

今 リハビリ病院で、1週間で『PT1時間』 『OT1時間』 『ST20分』 の訓練を受けている。

PT・・・身体的なことなので、1週間1時間にしても意図はよく分かり、では 自宅でどうすればいいかは分かる。
OT・・・先生1人で3人ぐらい担当しておられ、1人でパソコン、手芸などの手作業が出来る人はいいが、先生との会話もリハビリの内と思っている息子の場合はう??ん・・考えてしまう。(人手も不足していたのだろうが・・・)
ST・・・週に20分、緊張とるだけで時間は終わりそう。見学は出来ない。メモとる習慣の手始めに、朝食のメニューを書くように宿題。
しかし 自宅でのリハビリ、生活指導まで手は回らない。

四六時中がリハビリと思っている家族と、一体になって欲しい。
生活上はどうしたらいいかに答えて欲しい。

今が大切な時期と思う焦りが、だんだんストレスとなってたまり、近くに高次脳外来が出来たのを機会に、受診し、転院を強く考えるようになった。 

来月10月は術後 満2年。 定期検査を兼ねて高次脳外来を受診する。

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退院 作業所

2006/09/14(木)

闘病日記 (21)

平成16年6月10日(術後1年8ヶ月)
前から申し込んでいた、「SI作業所」に空きが出来、今日から通所する事になった。
高次脳の人も何人か通っており、決まった作業というわけではなく、グループホーム的な感じの作業所である。

商店街の中に本部を置き、コーヒーの喫茶店、夏氷水(冬は焼芋屋)、弁当屋があり、それぞれ似合った所に店番などをしている。もちろん大勢の職員の人の指導の下である。

「今日は午後からカラオケだった・・何曲も唄ったけど、人も上手だった?」 と帰ってくる。
自分から話すことは出来ず、話しかけられても、深い意味のある会話は出来ない。カラオケで溶け込んでくれたらいいのだが・・・

7月20日
体温7,2度 やはり高め 暑いせいか少し不機嫌。 
勉強も庭の手伝いも、今日は止めた?・・と
何でもハイハイと返事し ボーとしてたのが、すこし反抗的になり、ちょっとした言い争いが出来るようになった。

息子の本読みの後、私も読む。とても気分がいい。
「感動して読んでたなあ?」という。
「わかった?」「ウン わかった」

会合に2人で出席、どうも同意できないと反対意見をいったら、
「あんた 怒ってしゃべってたで?」という。

「おかあちゃん」と言っていたのが、だんだん言わなくなり、必要な時は「あんた!」と。
ボーとして会話が出来ても、心の意識はいつの事かと思っていたが、この頃少しずつ見えてきた。 

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退院 障害厚生年金

2006/09/08(金)

闘病日記 (20)

平成16年2月17日(術後1年4ヶ月)
発病して1年6ヶ月より障害厚生年金が出るとの事、社会保険事務所に手続きを問い合わせてみる。
とりあえず依頼しなければならないのは、最初の救急病院の『発症証明書』と 精神科の『診断書』。
高次脳機能障害は精神障害者の区分のため、脳外科の担当医ではなく、精神科を受診し、そこの診断書になる。(1年6ヶ月以降の日付になるように)

3月4日(術後1年6ヶ月)
救急病院の脳外科で、発症証明書を書いてもらい、病院内の精神科の先生を紹介してもらう。
すぐ先生の問診。主に私が答えるために、今までの経緯など書いて用意していく。
検査の先生によるIQ検査など30分、本人のみ受ける。

3月11日
先日の続きの検査。今日は2時間。1人で受診。
出来たと思うけどな?? といいながら疲れて出てくる。

3月18日
先生の問診。先日と同じ質問の繰り返し。
食事は自発的にできるか?服は1人で着れるか?お風呂は1人では入れるか?・・・指示すればある程度できるが、自発的がむずかしく、全くの1人では何事も出来ない・・・などと答える。

非常に丁寧に詳しく真面目に聞いてくださるので、審査のためなどと思い惑うことなしに、本音で話すことが出来る。
しかし、同じ質問を作為があるかないか、確かめて聞いてもおられるわけで、ウソついたらばれるんだろうな?などと・・・

先生 検査の方も目を通されたようで、最後に1級になりますね?と。
ヤレヤレと思うのと同時に、やっぱりそんなに低いのかと、覚悟はしていたが ショック!! 

あとで家族会での話。診断書が1級でも審査がだんだんシブクなり、1級はなかなか出なくなったとの事。(事実息子は2級になった)

4月20日
『病歴就労状況申立書』を書く・・申立人(私)・・今までの病歴、就労しているか、していなければなぜ出来ないかなど、診断書と重なる部分があり、診断書を見てから書いた方がいい。

4月23日
発症証明書、診断書、病歴就労状況申立書、これに付随する書類を揃え障害年金申請書として社会保険事務所に提出する。本部に送り審査、この日が申請書の受付日27日になる。

5月14日
書類に不備があり差し戻し。また職務中の発症のため、労災の扱いにならないかと差し戻し。労働基準局と行ったり来たり。
やっと諸々クリアーし、申請完了。

この2年後(18年)に2度目の診断書を提出したが、今年制度が変わり、これから5年毎の提出になった。(2年?5年と段階あり)

9月15日
1回目の年金支給。4月27日の申請書受付日となり、さかのぼって支給になる。
早くから用意しても本当にいろいろ不備が出てきて、思わぬ時間がかかる。
この頃は頼めば、走り回ってくれる代書業もあるそうな。

平成16年の年金申請ですので、事情が変わっているかも知れません。
少しでもお役に立てれば 幸いです。

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